守、破、離

○守(しゅ)、破(は)、離(り)

 

剣道で最もいい言葉だとよく言われます。


以下大阪府剣道連盟編集の剣道学科解説より抜粋


修行の段階を示したもので、守とは初歩の段階を言い、

破とは初歩の段階を踏破して、前進することを言い、

離とは破の段階を越えて、一流一派をあみだすまでに、精進する事を言うのである。


1、守  剣道の修行がある程度に上達するまでは、師の教えを忠実に守り、

      稽古に励み、剣理や技を修行し、決して他流を学ばないと言うのである。

2、破  剣道の修行を積み、今まで学んだ流派の教えを、自分のものにし、

      進んで 他の流儀を学び、その長所を採り入れて「守」の段階では

      得られなかった 新しい分野を開拓して、より一層強力なものとする

      ことである。

3、離  苦心研究し、「破」の段階を越えて、遂に独自の境地を見出し、

               自己の流 派をあみ出して、一流をたてることである。

      即ち、剣の奥儀を極めることである。   

 

     この守、破、離の教えは、剣道のみにとどまらず、人生における

                生き方においても、同じことがいい得る。

改めて身にしみます。

みなさんも自分の歩んできた道を振り返ってみると、

「なるほど」

と思われるのではないでしょうか。

やはり最初は、先輩や上司の言うことを素直に聞いた方がいいですよね。 

 問題は「破」の段階に入ったときです。

指導を受けてる人が、今まで指導されてた方法と違った方法で

仕事をしたとします。

指導者は不機嫌になるでしょう。

しかし、その人は、指導者を無視したわけではなく、

よりよい方法はないかと自分なりに考え、あるいは、他の人の事を勉強して、

苦心、研究してるのです。

この段階では指導者は「やらせてあげる」「そっと見守る」

と言うことが大切ではないでしょうか。

まして、

「なんで俺の言う通りに出来んのや!」

などと言ってはいけないと思います。

 

師弟や上司部下の関係でのトラブルでこのようなことはないでしょうか?

もしありましたら、それは、指導者の力量不足ではないでしょうか。


ちなみに私は、

「教える」

という言葉はあまり使いたくありません。

「指導」

と言ってます。

 

以前、剣道の先生に

「剣道を教えることは私には出来ない。指導ならできる」

と言われました。

深い意味があると思います。


この言葉の違いは、

「現在はこのように思ってる。(加工している)」

「しかし、もっと上の考え(加工方法)があると思う。」

と言ったことだと私は思います。

 


一つ例をあげます、


「バイトの研ぎ方を教える」

ではなく、

「バイトの研ぎ方を指導する」

です。

 

なぜなら、自分よりもっと上手にバイトを研げる人が他にもおられるからです。

■「技術伝承」について

西尾鉄工所三代目が語る!

    紹介動画

映像製作フクダスタジオ

電子書籍出版しました!

       2016.5.5

リンク

ブログリンク

セーパーの加工